カイロプラクターという志事(しごと)

こんにちは、院長の内田智之です。

私は大阪府東大阪市の出身で、26歳のときに
このカイロプラクターという生き方を選びました。

人生の一大転機でしたね。


もちろん親も、当時の上司も猛反対です。
そのとき仕事も順調でしたし生活も安定していましたから。

地元の大阪にもカイロや整体の学校はありましたが、
より自分を追い込むためにも全くゼロからの環境を選び、
周りの反対をよそに上京しました。

最初は、
『人が喜ぶ仕事を本気でしたい』
というありがちな理由だけです。


もともとサービス業と接客業しかやってこなかった自分には、
この【健康に関わる仕事】というのは未知の世界です。

勢いで上京したもののやっぱり不安でしたね。
しかし、学校に通いはじめて私は確信しました。

『あ、この学校は間違いないな』

通常はじめにいろいろな学校を探して、実際に説明会に行って、
どこに入学するかを悩んで、それから入学すると思います。

私の場合、ここの学校は自分に合ってるかもという、
正直言ってギャンブルみたいなものだったかもしれません。

そんな私も、学生のときからグループ直営店で3年間働かせてもらい、
学院でもインストラクターとしての経験を積ませていただきました。

所属団体でもセミナーを開催させていただき、
たくさんの人に思いを伝えてきました。

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そのおかげで、『カイロプラクター』とはただ痛みや症状を
なんとかするだけの職業ではなく、その患者さんの価値観や
人生そのものに大きく影響を与えられる、素晴らしい仕事
だと
気付きました。


今、すごく楽しいです。

以前はサラリーマンをずっとやってきました。
また、スノーボードのインストラクターとして生きていきたい!
そう考えて新潟の雪山にこもった時期もありました。



そんな私が自信を持って言えることは、
このしごとを選んで本当によかったということです。

もちろん最初のころは生活のために働きながら学校に通っていたため体力的にもきつかったです。

上手くなりたい一心で、授業のある日は毎回学校の鍵を閉められるまで夜残って練習していました。

そうして、ようやく患者さんを担当するようになってからも「自分が思ってた以上に治せない」などの悔しい思いをたくさんしてきました。

現在はここ元住吉で直営店の院長として8年が経ち、
ようやく自分が志すものがカタチになってきています。

「やめていたダンスを再開しました」
「先生は魔法の手を持っているね」
「痛みがなくなったおかげで頭痛薬がいらなくなりました」

そういったよろこびの声を聞くことが自身にとっての喜びになり、
人に仕える“仕事”から、ひとりでも多くのかたのやりたいことを
応援したいという志を持って日々精進する“志事”になりました。


これからも元住吉・武蔵小杉周辺にお住まいのかたの
健康をサポートするという形で社会貢献できるよう、
日々努力を重ねていきたいと思います。